出来る事・出来ない事?

平成15年11月 大條雅久(記)

今年も野球は大リーグの松井やイチローの話題でにぎやかでした。野茂がドジャースへ一人乗り込んでからすでに10年、今は10人を超える日本人選手が大リーグで活躍しています。大リーグのTV中継が増えたことで日本人選手だけでなく、他の大リーグの選手に関心を持つ方が増えたのではと思います。

[出来る事・出来ない事?]の表題でこの文章を書き出したのはある大リーグの投手の紹介を通じて表題にある、?マークの意味を説明したいからです。

もう15年程も前のことですが、私自身が大リーグの選手に関心を持った最初の選手はジム・アボット投手です。

ご存知の方も多いと思いますが、彼は生まれたときから右手の手首から先がありませんでした。

日米大学野球の米チームの選手として’88年に来日したときの新聞記事が、私が彼を知った最初です。その後彼はソウル五輪での金メダル、大リーグ入団、’93年ヤンキース在籍時のノーヒットノーラン記録達成と一流大リーグ選手の経歴を残して’99年に引退しました。

彼を知った最初の新聞記事は同じ障害を持った子供とその両親が日米大学野球で来日したアボット投手を訪ねて励ましを受けたとの記事でした。

アボット投手の生い立ちを紹介した記事によると、障害をもって生まれたアボット少年にキャッチボールを教えたのは、父親だったそうです。右手首のない5歳の息子とキャッチボールをする父親とそれを見守る母親の姿を想像すると目がしらの熱くなる思いがします。同じ親として同じ立場になったとき、自分はそんな強い父親になれただろうかと自問いたします。

障害をもって生まれたこの子には普通のことは出来ない、ましてやプロ野球選手なんて・・

そう父親が考えたら、アボット投手の金メダルも、大リーグでのノーヒットノーラン記録も生まれなかったでしょう。もちろん私は彼の父親が息子のそんな大活躍を期待していたとは思いません。きっと普通の人間として胸をはって生きていくことだけを望んだのではと想像します。アボット投手の活躍はまさに彼自身の努力によるものだと思います。

「出来る事・出来ない事」の表題に?マークを付けたのは、出来る・出来ないと決めつける対応に?だからです。

アボット投手のお父さんが「出来る事・出来ない事」といった発想で、自分の息子の将来を考えたら『右手のない息子とキャッチボールをしよう』とは考えなかったかもしれません。「出来るか、出来ないか、やって見なければ分からない。」「出来たら良いと思うことにチャレンジしよう。」そんな発想を持った人だからアボット投手の才能を引き出せたのではと私は思います。もちろんその期待にこたえたアボット投手の努力は私たちの想像を越えるものだったのでしょう。

私たちは実生活の中でややもすると物事を、頭の中・心の中でまず出来る事か、出来ない事か、に分類してすまそうとしてしまいます。年齢をとるほどそれは顕著といえるように思います。そんな振る舞いを「大人になる事」と自分や周囲を納得させようともします。

職場においても同じです。「穏便に済ます」という言葉に、事なかれ主義を潜ませて、なすべき改革をなおざりにはしてないか・・。

大企業病と呼ばれる病は「失敗を恐れる心から発して」「チャレンジを忌む気持ちが育てる」のだそうです。

私は今年4月の統一地方選で新居浜市議会議員という職責を市民の皆さんから与えていただきました。新居浜市の行政が現在の私の職場です。国や県・市町村の行政現場には官僚主義、お役所仕事、前例主義といった民間企業で言う大企業病と似た病があります。

大企業に働く人がみんな大企業病にかかったりはしないのと同様に、公務員にも病になどかからずがんばっている方がたくさんいらっしゃいます。でもワクチンや治療薬が必要な方がいないわけでもありません。

市議会議員一年生でようやく半年が過ぎたところですが、気になることが幾つもできてきています。市民の目線を忘れずに、アボット投手の父親のように「出来た事・出来なかった事」を仕事のものさしとして与えられた職責を全うしたいと思っています。

しかしそんな志を抱いていても、『一人では気づかない事』『独りよがりにこれで良し、と思い込む事』等があるかも知れません。そんな時は、ぜひアドバイスや叱責のお言葉をいただければ幸いです。